2010年9月会長挨拶

9月、漸く暑かった8月が去り、長月が巡ってきました。といってもダラスも日本も残暑が厳しく、日本の今夏は気象庁が記録を採り始めて以来の暑さだったそうですね。昔は道行く人の多くが扇子で自分を扇ぎながら歩いていたものですが、今は皆タオルやハンカチで汗は拭っているものの扇子など持ち歩いている人は殆ど見ることができません。冷房設備が普及して扇子や団扇は廃れていったのですね。ところが、前回の役員会で女性役員の一人が扇子でパタパタしていたので皆珍しがって懐かしい風景を見たと笑っておりました。

昔からの風習といえば、今年の3月に兄の23回忌を郷里の曹洞宗の旦那寺で営みましたが、お布施を含め、卒塔婆代やお供え物代(なるべく日持ちのするものをと住持に言われ、カステラにしましたが、台とかはお寺が用意するためその費用とか)じゃの屁じゃのこじゃのと、費用はこれくらいと示されたのでカチンときました。まあ、小さい町だし、それで揉めるとすぐに噂になってケチじゃの不埒者じゃのと言われるから、“スーパーで売っている商品と同じように年忌の費用の値段も決まっているんですなあ”と皮肉をかまして払いましたが、何か納得がいきませんでした。そもそも戒名なども身分の差やお金で上下があるのは全く不合理にみえます。悪いことをしてきた者でも多額のお布施を支払って院殿号でも授かり、あの世でも威張ることができ、善行を重ねてきた者が貧乏でお布施を多く払えない為最低の戒名しか貰えず、あの世でも肩身の狭い思いをせねばならないのかと非常に矛盾を感じますね。お坊さんたちはどう答えるのでしょうか。理屈を言えば、本来仏教の創始者であるお釈迦様は、生きて解脱する、或いは悟りを開くことを説いた訳で、死後の魂の救済には一切触れていなかった筈です。まあ手っ取り早く死後に極楽にいける証文のようなものですから、安心して逝きたいという人々の心理からして、寺が死者に戒名を授ける習慣は今後もずっと続いていくでしょうが、江戸時代に富永仲基も「出定後語」でお釈迦様の説く道と大乗仏教界の各宗派の説く仏教とは懸け離れていると喝破してしておりました。旦那寺とか菩提寺なんか偉そうにしているのも、江戸時代にお百姓を始め地域住民の逃散を防ぐ為、或いはキリシタンじゃないと証明する為に徳川幕府が寺請け制度を設けた為に、お寺の権限が高まり、先祖代々同じ寺に属さねばならず、寺に逆らえない状況が続いてきたためでしょう。寺が発行する証文が無ければ旅行もできなかったし、人別帳がないと無宿人として捕まって佐渡に送られても文句を言えなかった時代ですからね。それにしても、寺はもう集会所や人生相談所の役割なんか負うことなんて無くなり、今や葬式、年忌の専門店に成り下がった感じで、坊さんを見ると集金人みたいに感じるのは私だけでしょうか。

まあグリーン会は、お寺さんのように戒名を発行して死後の世話をすることなんてできないから、せめて生きているうちに助け合っていきましょう。歳をとると病気やケガが多くなります。援助が必要な場合は遠慮することなく、役員に申し付けてください。この会を創めた趣意書のポイントは相互扶助です。75歳を過ぎれば、50代や60代の“若者”に命令したり依頼したりする権利が自然発生します。最近では親の死を隠して、親の年金を貰い続けているような情け無い日本人も度々ニュースで報道されていますが、グリーン会の会員は年長者の危機にはいつでも馳せ参じて手助けする儒教精神、ボランティア精神に富んだ者ばかりです。いつでも出動できますので、困ったことや必要な時には気の毒だなんて思わずご一報ください。9月の行事は12日のボーリング大会、ガーターブロックもありますので老いも若きも楽しめると思います。多数の参加を期待しております。では残暑厳しい折、皆さん健康には充分注意して下さい。(松田 記)